余談 Hahaを母にしてくれた息子に感謝
母の日に息子からプレゼントが届きました。
日よけ用ショール
(画像が上手く載せられず、文字のみで失礼します。。)
そういえば。。。
息子が幼い頃は年中ショールをして、出かけていました。
寒いときには息子にマントのように掛けて風をしのいだりー
ハンカチが急に出せないときは息子が勝手にハンカチ代わりにしていたりー
お出かけ先では散らかさないようにひざ掛けに使ったりー
懐かしいアイテムの一つです。
毎年母の日を祝ってくれる息子に感謝!
母という役割を与えてくれた息子、ありがとうー
Hahaが今子育てをするなら?? By.Meiちゃん
話題切れを察したのか、久々にMeiちゃん(姪っ子)から連絡ー
Meiちゃん: 最近頑張ってたのに!!Hahaちゃん、Musu君がまた(ブログ)休んでるってぼやいているよ!
Haha: ?!?!??!(なぜバレている??)
Meiちゃん: コメントあったから~
Haha: ???
MeiちゃんとMusukoは年が離れているし、性別も違うし、、そんなに接点ないのかな?と勝手に思っていましたが、イトコ間のネットワークがあるようです。
Haha: 昔話って思い出はあるけど、ネタとしてパッと思いつかないのよね~
Meiちゃん: そしたら、Musu君が使っていた知育玩具とかの効果書いたら?
Haha: 知育玩具??あぁ~昔過ぎて忘れちゃったよー
そんなものです。。。
その時期、その時期には使ってても、次の代へと受け継がれーやがて忘れてしまう。。
Meiちゃん: そしたら、私に送ってくれる玩具(ドリル)の情報をブログのネタにしたら?
Haha: (そんな方法が?!)良いね~。その案、採用させて!
MeiちゃんがHaha姉の血を受け継ぎ、かなりの教育マニアなので、教育系に偏りがちですが、面白いものを見つけると、
情報を送ったり、Mei子ちゃんの誕生日に渡したりしておりーそれをブログ話題としてはどうかと提案してくれました!
それなら情報(記憶)が新しいから書けるかも!!
メール見直しつつ、ボチボチ書きたいと思いますー
幼少期 英語教育について
『英語も日本語も浴びるように言葉を与える』
これは語学のスタートと考えていた0歳~幼少期まで続く私の目標でした。
英語のCDは親の自分が嫌になるくらい同じものを何回も流し、耳を慣らしていました。
私自身、英語が苦手だったため、英語CDは選別の知識がなく、周りの情報頼みの部分がありました。また、英語の絵本もたくさん買い与えられなかったため、息子が暗記するほど同じものを繰り返し見せていました。
幼少期に英語と日本語に徹底的に触れていた経験は、英語学力の向上に繋がり、偶然にも息子の大学受験の際は英語の点数で合否が左右された年と言われましたが、現役合格にも大いに役立ったようです。
そんな息子ですが、シャイなので、英語学習のアウトプットの機会に悩まされました。
洋画を英語音声で見たり、ラジオを聴いたり、インプットの機会は作れましたが、アウトプットは音読のみ。。。
不安に感じていましたが、高1の頃でしょうか?
先生から「musuko君は海外経験がありますか?」と聞かれたことがあり、大変驚きました。伺うと英語ディスカッションの際に流暢に話しているとのこと、Hahaが知らないところでちゃんと身についていた事を知り、本当にうれしかったです。
余談ですが、我が家はそんなに裕福ではなかったため、与えられる環境も教材も限られていました。
それでも高校2~3年の頃は英語でニュースを流していたり、昨年の今頃かな?大学入学前もオンライン英会話で何やら話していたり、息子は英語が使えるようですが、海外留学の経験はありません。海外旅行も高校の修学旅行(アジア)だけです。
幼少期 読書習慣について
息子は、今でもよく本を読みます。
娯楽としては、ゲームやテレビよりも読書をしている事が多いように思います。
※スマホ事情は含まず。。スマホ代金で揉めた事もPCにはまり込んだ記憶はありませんが、、どうでしょうか。。
息子幼少期 Hahaの目標
『息子が本を読んでほしいと希望したら、余程の事がない限り付き合う』
※本が好きになりかけるような1~3歳の時期は『本を持ってくればHahaが付き合ってくれる』と思う位、家事そっちのけで付き合いましたが、
年齢上がると共に、だんだん難しくなって、冊数の制限をしていたように思います。。
息子が幼い頃から、本は溢れるほど与えていました。
正確には、数か所の図書館からMAX借りてきていました。
幼少期(絵本の時期)借りた冊数だと150冊~200冊/月でしょうか?
実際、Hahaが読み聞かせを行っていたのは、寝る前の1日4~5冊と本人が希望した時くらいだったと思いますが、
常に新しい絵本がある状態にしていました。
息子が幼稚園から帰ると真っ先に本棚に向かって、制服で座り込んで読んでいた様子が懐かしいです。
児童書になってきたころから、シリーズものをまとめ借りしていました。
Hahaが借りてきていた冊数は80冊~100冊/月位くらいで、
息子も学校の図書館から定期的に借りてきていました。
お気に入りのシリーズや人気のシリーズは欲しがっていたので、Haha
は月に~5冊まで、本の紹介文を書く条件に買っていた記憶があります。
自然と家の本が増えていたので、おばあちゃんやHaha夫など、別のスポンサーもいたように思います。
※お小遣いは漫画に使うことはあっても、児童書等を買っていた記憶はないので、
ちゃっかりしているなぁと思った記憶があります。
※図鑑や歴史漫画(発行時期の注意)は息子が好きだったので、幼時期から中古でボチボチ買い揃えました。
「本や自宅学習の教材は将来の塾代」と割り切って、家計の許す範囲で出費を容認していました。結果的には塾にはほとんど行かなかったので、良かったかと思います。
幼少期 学習習慣について
勉強習慣のスタート:2歳からテーブルに向かう
『歯磨き習慣のように、勉強習慣を身につけさせたい』との思いから始めたことでした。
息子の幼児期からの朝習慣
起床→着替え(幼い頃は外出前)→朝食→歯磨き→机で作業※→(TV/読書)→外出
※これは息子が2歳の頃から始めた朝の準備習慣です。
この流れは小学校卒業まで、寝坊しても(※1)、体調を崩しても(※2)、本人にしみこむまでと思って崩さないようにしていました。
中学校以降はある程度本人が作業量を決めていたように思います。
※1 寝坊した日は学習量を減らして夕方にシフトしました。学習量が少なくても、机に向かうことはやめませんでした。
※2 体調を理由に机に座らなかったのは過去4回。
幼児期2回と小学校2回、熱や感染系の病気で一日布団に入ってぐったりしていた日のみです。
当時、教育熱心な先輩ママに話した時に「おむつが外れてないのに?」「歯磨きの習慣は?」等否定的なご意見が多かったように思いますが、Hahaは自分を信じて敢えて決行しました。
結果、息子は幼稚園は入る前から椅子に座って作業ができ、小学校になれば宿題+αの勉強習慣が身についており、中高になれば自主的に勉強できる子に育っておりました。
息子の節目節目にママ友の意見も参考にさせて頂いたのも事実ですが、
今振り返ると、本で読んだ内容や、自分の直感を信じて行った物事の方が、結果が出ているように思います。
※朝の作業はその時期によってさまざま変化します。
(Hahaが覚えている範囲で、朝の学習をご紹介)
幼児期:市販のワークブック+英語の絵本
幼稚園時期:通信教育+市販のワークブック+英語の絵本
小学校時期:通信教育+(計算/漢字)+英語の絵本
中学校時期:通信教育?新聞?暗記?※その日の気分で本人が選択
高校時期:新聞・暗記物チェック
受験生・高校時代は行儀が悪いですが、、朝食をとりながらしていた記憶も、、(苦笑)
中学2年頃までは僅かな時間であっても、朝食とは別で時間を取るように促していました。。
幼稚園年少 少しずつ勉強要素メインに
ブログでご紹介したかどうか自信がありませんが、
息子は2歳の誕生日直前頃から毎朝机に座って、お勉強モドキを行っておりました。
Hahaのサボりもあり…ちょうど歯磨きを本格的に始めた時期でー
『歯磨きのように勉強も習慣化させたい』と思い始めました。
ちょうどその頃、Haha夫の「お仕事へ行ってくる」行動に興味と憧れを持ち始めていたため、
『お仕事』と言って、A4のファイルに1種類のパズル(4~6ピース?)を入れて始めました。
徐々にファイルの中身を増やし、年少からは某通信教材も追加・勉強要素メインにシフトさせてきました。
通信教材の使用は、自分でワークブックを選ぶより専門家監修の方が効率的だろうと思ったからです。Hahaには子どもの学習についての知識も指導能力もないので、
専門家に頼りました。
この時期の通信教材は家計を圧迫するような金額でもなく、パートも思うように入れなかった頃ですが、外食や恰好品を少し減らせば十分捻出できる金額だったと思います。
息子の学力は、年少に上がるタイミングで、ひらがなの文字は何となく読めたと思います。文字を覚えて書けるようになったのは年中初めかな?
通信教材の良いところは、専門家監修はもちろんですが、同じキャラクターが出てきて馴染めること!文字読みから単語へのシフト、当時あまり好きではなかった鉛筆の練習も
当たり前のように取り込めました。
なんだか通信教育のご紹介のようになってしまいましたが、
息子の学習に通信教育は欠かせなかったと今でも思っています。
※余談ですが、息子は本人が希望した夏期講習?冬期講習?のようなものに1回行ったきりで塾へ行っておりません。
幼稚園年中 得手不得手
事の発端は『ジャングルジムに登れない』だったと思います。
そのころから、運動に消極的な面を見せ始めていたので、
Hahaは、息子が一つでも自信を持てるようにと、話しかけたところ、、
息子「(ジャングルジム)登れないからしない~」
Haha「musukoはジャングルジムで登れなくても、走るの早くない?」
息子「musuko、走るの普通だから。。○○君が早いから。」
幼い頃から走るのが好きで速いと思っている様子だったので、ある程度大丈夫かと思っていましたが、、
「しまったーーー‼‼」…とHahaは思いましたが、時はすでに遅し・・
息子の運動への自信は失われつつありました・・
(ーとはいっても、先を見れば中高時代は運動部所属だったので、根っからの運動嫌いでは無いとおもいます。。幼い頃にもっと体を使っていれば、もう少し運動神経良かったかもしれない、、と反省ー)
気づいてからは、「運動=苦手」という思い込みだけはさせないように、、
苦手と思っているように感じた運動は、「まだ体が小さいからね~」や「高いところが好きじゃない人はいるよ!」等声をかけていたように思います。
また、好まない運動に関しては、無理強いしない程度に付き合うようにしました。
※無理強いを避けたのは、恐怖心など、運動神経の他にも、やりたくない要素を感じていたためです。
縄跳びが上手にできていないと感じれば、Hahaも縄跳びを購入して、「Hahaもダイエットにしよう~」と言って一緒にやっていたりー
鉄棒ができないといえば、鉄棒のある公園へ行って、「Haha,お猿さんみたいじゃない?」とぶら下がって鉄棒に誘ったりー
(小さな公園だったので、率先してする勇気がありませんでした。。小心者のHahaです)
ボールはHaha夫を巻き込んで一緒に中当てしたりー
書いてて思い出してきました。
時間にしたらそんなにないかもしれませんが、機会は作っていたんですね~
今では、「はっきり自分の得手不得手は心得ている」ーと本人は思っているような部分が垣間見れますが、、、
大人になっても日々成長ー思い込みかもしれないよ?と人生の先輩としてHahaは思っているのです。